変わり

最近、音楽よりも、人間として、どうありたいと思うようになりました。


先日、発声の指導をしてまいりました。


声というのは、あたたまるのに時間がかかる楽器です。
自分の体力状態が、精神状態が、一番、顕著に、出やすい楽器なのではないでしょうか?


最近は、いかに、美しく年を重ねていくかということを、考えています。


人に与える音楽の存在というものを考えました。

私がクラシック業界に身をおいたのは、俗世や人の人の欲に疲れて、人が人を愛するも疲れたような人の気持ちで、規律を守ることによって、唯一、魂が救われるような気がして。
チャイコフスキー国際コンクールに至るまで、高額レッスン・・本当に、私は、このクラシック業界に、心身を削り、ほろぼしてきたようです。でも、そうでもしないと維持できない世界でもあること。

ひとつ、神様に聞きたいことがあるかもしれない。

それでも、私は、「実力を信じたい」 と言ったとき、


ある秘書社長なる存在の方は、


「世の中を見渡すと、政治力の方が強い。
それで、世の中に出た人間が、結果的に、実力をつけて前に進んでいる場合が多い。」

というお言葉、実は、私の心に残っています。

本当に、そうなんでしょうか?

今、思うことは、
あの時、ああなって、こうなっていなければ、私は、世界大会に進出・出場することが出来なかったのかな・・

そして、あの時、私にもクラシック音楽以外のことができる。と確信しなければ、
もっと大きな出会いはなかった。

実は、あの前後に出会った人間関係たちが、今も生きているけど

この人間関係も、いつか、切れるのでしょうか?

人間関係は、どんどん切り捨てて行ったほうがいいというけど、本当にそうなんでしょうか?


あの時、裏があったから、今、表があるというべきでしょうか?

本当に、誰か教えてほしいです。


別に、新しい土地にいったところで、何が待っているというわけでもない、
これから、私は、年を重ねていくだけ・・

今よりも、もっと大きな海を渡り、大きな荒波の中を、渡らないといけないだけ。


私の前に、立ちはだかる大きな壁に、慄き、それでも、夢と希望を信じて生きていこうと思うだけ。